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K News Vol.42 秋号より

K News Vol.42 秋号より

関西フィルハーモニー管弦楽団 友の会・後援会ニュースに掲載されたインタビュー記事です。

 

−どんな子ども時代、学生時代を過ごしていましたか。

小さい頃からゲームが大好きで、外ではバッタを取ったり、秘密基地を作ったりしていました。 クラリネット奏者だった兄、吉田光志朗とは12歳離れており、よく遊んでもらいました。 クラリネットやたくさんのCDを毎日のように聴かせてくれ、一緒に演奏したりもしました。  

 

クラリネットを始めたきっかけは何ですか。

3歳からピアノを習い始めました。その後、おもちゃのヴァイオリンに興味を持ったらしく、 小学1年から6年生まで習っていました。お兄ちゃんっ子だった私は、 いつもクラリネットを吹く兄にくっついていました。 今から思うと、兄はそれだけ四六時中クラリネットを吹いていたと言うことですね。 当時はピアノが大好きで、コンサートでは兄の伴奏をしたこともありました。 その後私がクラリネットに興味を持って、少し吹かせてほしいと頼んだことがありました。 兄は丁寧にマウスピースの吹き方や、指遣いを教えてくれました。 それが私とクラリネットの初めての出会いでした。 兄はよく吹奏楽のビデオも見せてくれたのですが、その時私には打楽器がとても格好良く見えて、 「中学生になったら吹奏楽部に入るぞ!」と決めていました。 小学6年生の時に兄が他界し、その後中学校に進んだ私はすぐに吹奏楽部に入部しました。 トランペットもフルートもほとんど吹けなかったのですが、 兄の教えのおかげでクラリネットだけは音が出て、一番上手く吹くことができたので、 クラリネットに決まりました。  

 

プロの奏者になろうと思ったきっかけを教えてください。

恩師の海川雅富先生と恩師の海川雅富先生と

中学生の頃、クラリネットを兄の恩師でもあった海川雅富先生(元京響) に習い始めた頃から、 プロの奏者になりたいという夢を抱いていました。 (プロの奏者だった兄と、幼稚園から大学まで同じ学校に進み勉強しました!)  

 

プロの奏者になってからの印象に残る出来事を教えてください。

関西フィルに入団してすぐのコンサートで、初めてラヴェルのボレロのソロを演奏した時です。 エスクラリネットのデビューでもあり、その緊張感は相当なものがありました。 無事に演奏を終えた時の安堵感や、満席のお客様からの拍手を浴びた時に、 自分はプロの奏者としての第一歩を踏み出したんだなぁ、と胸がいっぱいになりました。  

 

演奏する際、大切にしていることや心がけていることは何ですか。

どんな時でも一音一音を大切にして、お客様の心に共感を生む演奏ができるように ベストを尽くす事です。心は熱く、指は冷静に!という恩師の言葉を大切にしています。  

 

お休みの日は何をしていますか。

愛犬のラク(柴犬)と一緒に遊ぶことです。あとは旅行をしたり、服や腕時計を チェックしたりしています。お酒よりケーキの人間なので、たまに作って食べたりもします。 温泉も好きです。今年こそ趣味は「ドライブ!」と言えるくら車に乗れるようになりたいです。  

 

関西フィルのお客様にメッセージをお願いします。

関西フィルは皆さん親切で、とてもあたたかいオーケストラだと思いました。 お客様もコンサートではいつも声をかけてくださり、このオーケストラのアットホームな雰囲気は、 そんなお客様あってのものなのだと思います。関西フィルはとても公演数の多いオーケストラなので、 入団したばかりの私にとって、ほとんどが演奏したことのない曲ばかりです。 その準備はとても大変ですが、毎回のコンサートが楽しみで仕方ありません。 関西フィルの一員として良い演奏ができるように日々努力しています。 お客様に関西フィルを聴きにきて良かった、また聴きに来たいと思っていただけたらとても嬉しいです。 今は関西フィルの中で最年少なので、若いパワーで関西フィルを盛り上げていきたいと思います! これからもどうぞよろしくお願い致します。